12年前、私が日本への帰国を決断した理由。

こんばんは、佐藤ことです。

北区議会議員選挙まであと43日。

12年前の本日3月11日、この国に住む多くの人と同様に、私の人生にも大きな出来事が起きました。

「こと、大変!日本で大きな地震だって!」

アイルランド首都ダブリンの自室で寝ていたところ、卒業旅行で日本から遊びに来ていた友人に早朝に叩き起こされました。

インターネットはあるものの、今と違ってまだまだリアルタイムでの情報が入りづらい時代。その時点では日本のどこで地震が起きているのかすら分からず。

NHKのニュースをニコ生で流してくれている配信者がいるとTwitterか何かで知り、ニュースを見始めると、見たこともないような津波の映像が流れて…。しかし、しばらくするとその配信者も避難が必要になり配信が終了。

家族とも連絡が取れず、繰り返されるニュース映像を食い入るように見ていることしかできない。泣いてもできることはないのに涙は止まらず。せっかく卒業旅行に来てくれている友人と気分転換に街に出ても、パブですら津波の映像がノンストップで流れていました。

そして、福島第一原発1号機で起きた爆発の報道。各地で起きる余震。

「もう二度と母国に帰れないんじゃないか」と絶望すると同時に、「困っている人がたくさんいるのに私にできることは何もない」と、遠く離れた地で自分の無力感を感じたことが、日本への帰国を決断させました。

その後、泣いているだけではダメだと思い、友人たちと協力して大学内やダブリンの街角で募金活動をして、約3万ユーロ(当時300万円)を日本に送ったり、

2019年には障害当事者と一緒に避難や仮設住宅について考えるワークショップを計3回行い東京都への提言に繋げたり、震災に関する調査も継続的に実施。

昨年2022年は念願の防災士資格を取得。

今年は防災士資格も活かして、乳幼児連れ避難のワークショップなども開きたいと考えています。

また、区議選でも「防災」は私の政策の重要な柱のひとつ。

  1. 木造密集地域のハザードマップの充実化や備蓄品管理の徹底化をするとともに、増えてきた高層マンションについては、防災マニュアル作成支援や防災優良マンション認定を行うなど首都直下型地震に備えます。
  2. 災害避難時に最も助けが必要な方を優先的に援助するため、要支援者の情報を日頃より収集する体制を整備するとともに、要支援者が参加する避難訓練を民間と連携して行うほか、液体ミルクや介護用おむつの備蓄を進めます。
  3. 近年記録的な観測が示される猛暑災害・ゲリラ豪雨対策につき、熱中症による救急搬送者ゼロを目指して高齢者や子どもたちへの声かけ・予防を促進するほか、雨水の流出を抑える流域対策の強化に取り組むなど、ソフト・ハード両面での各種対策に取り組みます。
  4. 荒川をはじめとした河川氾濫に伴う警戒情報(避難勧告など)をわかりやすく整理し、早期の警戒・避難を促します。

具体的な取り組みを提言していきます。

犠牲になった人々を、災害を忘れない。そして12年前、あのとき泣くことしかできなかった自分に「できることはあるよ」と胸を張って言えるように。

それでは今日はこのへんで。